
石川と富山の境に、砺波山というのがあって、そこに倶利伽羅(くりから)峠というのがある。ここは、我が信州の英雄、木曽義仲が平氏の大軍を打ち破った場所だぞ。平家軍十万 対 木曽軍四万の戦い。実際に行ってみると、木々が生い茂る場所で狭い。ここに十四万がぶつかりあったとは考えられない所。数は、誇張のようだ。
木曽義仲は、火牛の計(牛の角に松明をつけ突進させる)を用いたとされる。平家軍は士気が下がっていて、このような山の上で、決戦を避けてダラダラしていた。そこに牛が突っ込んで来たんで、夜中でもあったし、大軍が押し寄せて来たと思い、混乱に陥ったらしい。その後、谷底(地獄谷)に落ち、かなりの死者が出たようだ。そこを流れる川の名前が、蛆(ウジ)川という名前だったのがコワイ。死体に群がる蛆から来た名称と思う。とにかく、木曽義仲は大勝した。
その後の義仲の運命は、知ってのとうり、田舎モンが都で威張り過ぎて、蹴落とされるというストーリーが定番だが、実際はそうではなかったとも言われている。かなりの名将で、分別もある人間だったが、源氏のライバル争いによって、追い落とされた(義経といっしょ)ようだ。やっぱり、始めに華々しくやっちゃうと、ねたみとかでそんな運命が待っているものなんですね。松尾芭蕉も義仲のことはたたえていて、自身も滋賀県にある義仲寺に葬られてる。
信州人にとって、旭将軍義仲は永遠のヒーローだぜ!
写真は、倶利伽羅峠から砺波山麓を眺めた様子